04.神奈川県 真鶴町 <美の条例>2003.01


今回は、まちづくりを独自の条例によって規制・誘導した例をご紹介しましょう。

● 美の条例・誕生のいきさつ

真鶴町は、人口1万人ほどの伊豆半島の付け根にある町です。あのバブル華やかなりし
頃、東京から1時間ばかりの地の利や都市計画法の範囲外の「白地(しろち)地域」が多
く、開発の自由が大幅に認められていたこともあって、この町に多くのリゾートマンション
が押しかけてきました。白地地域では本来保全すべき緑豊かな斜面に超高層ホテルが
建てられます。町ではこのまま開発を認めると従来からの水事情の悪さから町民にも給
水できなくなるとして、給水規制によりひとまず乱開発の防止に成功しました。

しかし、同時に別の二つの問題を抱えることになりました。一つは、規制をかけられた事
業者が高さ、開発面積などについて脱法的な様々な工夫を行ったり、この条例そのもの
が違法だとして外部圧力をかけ始めたこと。二つには、開発を止めるだけでは町の発展
につながらない、特にミカン栽培中心の農業、漁業、観光業などの後継者が育たないと
いうことでした。これらに対する町の正常な発展が期待できる最善策としてこの条例がで
きました。

写真1.真 鶴 港 全 景

● 法の適性手続き(デュー・プロセス)

この「美の基準」に適合するために全ての開発は、(1)町との事前協議、(2)住民との双方
向の説明会、(3)町・住民・事業者の請求による公聴会、(4)議会による同意、の4つの手
続きが必要です。これらの同意の得られなかった開発については「水が止められる」こと
もある、というものです。言い換えると「美の基準」を「法の適正な手続き」のもとで行った
審査に合格したもののみが建築を許されます。

これは中心市街地のみならず、町全域で個人の建物を含めた全ての建物に適用され、
単に町並みを揃えるといった従来のものとは異なり、物的な生活環境全般にわたる点で
画期的です。真鶴町がふるさと創生事業の1億円を基金に町民公募によって組織された
「まちづくり発見団」による野外作業の成果で、弁護士、都市計画家、建築家の3専門家
と町との協働でまとめられています。

● 美の基準・言葉の深み

美は一見主観的で抽象的ではあっても、かなりの程度の客観性も併せもちます。各地の
町や都市の美は「時と所を超えた」具体的なものとしてあり続けています。

写真や絵が散りばめられた「美の基準」には誰もが理解し参加できる言葉の深みがあり
ます。「場所、格づけ、尺度、調和、材料、装飾と芸術、コミュニティ、眺め」、という8つの
原則毎に説明があります。たとえば、「建築は場所を尊重し、風景を支配しないようにし
なければならない」、「建築は私たちの場所の記憶を再現し、町を表現する」、「建築はま
ず人間の大きさと調和した比率をもち、次に周囲の建物を尊重しなければならない」、
「建築は人々のコミュニティを守り育てるためにある。人々はその権利と義務を有する。」

各論になると言葉はもっと雄弁です。「人は一番良い場所に建物を建てたいという欲求を
もっている。しかし、この欲望は根本的に、本来求めているはずの良い環境と矛盾してい
る。」その解決法は、「敷地の一番良い場所には決して建物を建てないことだ」と続きま
す。また、原則8「コミュニティ」では、前提条件として、「車通りが激しく、休む場のない長
い道や坂は、体力のないお年寄りにとって(多くの世代と接触できる)外出のチャンスを
奪ってしまう。」その解決法は、「お年寄りが散歩するための歩行路、小広場、それが不
可能ならば、濡れ縁、ベンチ、雨やどりの場または木立の日蔭でもよい、建築の一部に
お年寄りのためのシェルターをつくることだ。」としています。これらには当時のバブル景
気を背景にした経済最優先の無節操な乱開発への大きな警句が読みとれます。

写真2.名作・「中川一政美術館」写真3.条例に基づくコミュニティセンター

● 普遍価値と固有価値の両立

その他「静かな瀬戸」、「海の青さと森の緑に溶け込む色」、「夜光虫の見える海」、「色々
な活動ができ、外とのつながりもある大きなバルコニー」など、美しい半島のまちならでは
のきめ細かで地域独特の要素も数多く盛り込まれています。まさに全世界共通の普遍価
値と地域の原風景という固有価値の双方を見つめていると思います。

箱物造りの公共事業を即罪悪視する規制ではなく、節度ある開発への住民合意による
誘導が計られています。この小さな町で実現できた実験的な試みにより、地方分権論議
に一石が投じられたと思います。

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